草むらで一匹だけで鳴いているようだ。
私に家の前の周辺には農地が多い。
家のすぐ前のもやがて水がひかれ水田になるはずだ。
水田では今年もたくさん蛙がやかましく鳴くことだろう・・・・
・・・・日本の風物詩のひとつである。
さて、子供のころからつい最近まで不思議に思っていたことがあった。
時期になると乾いた土地に水が引き込まれ水田になる。
水田に蛙が集まってきて、盛んに鳴く、餌を食べたり・・・生活の場となる。
やがて産卵しオタマジャクシがあちこちの水田で見られるようになる・・・・・・
しかし、これでは蛙が人間の農業の都合に合わせて生活していることになり
自然のリズムが狂ってしまうのではないか?・・・・と
なんと、愚かな疑問であろう!
そんな風に思う方がおかしい。
米は人間の都合に合わせて栽培されているのは確かだが
もともとは野生の植物だ。
多少の改良は施したろうけれども人間が米の生長に合わせて農業を営んでいることに
変わりはない。
さっきの蛙にしたって、山の雪が解けてあちこちで沼や湿地ができ、
ある程度水温が上がると産卵のために集まってきたのである。
別に人間の都合に合わせて集まってきているわけではない。
そもそも稲作は自然の湿地で行われていたものが今日の形態に発達したことも
小中学校レベルで教わっているはずだ・・・・・・・・
古代は人間も蛙と同様に水のたまった沼地に稲作をしに集まってきていたのだ。
なんでも人間中心に考えてしまう悪い癖が特に私には強いようだ。
いい大人になるまで上記のような疑問を持っていたこと自体が恥ずかしいことなのだ。

