「せまる〜ショッカー!地獄のぐんでゅあ〜ん・・・・」
子供の時胸をときめかせた「仮面ライダー」(石ノ森章太郎原作)。
さすがに名作だけあって未だに人気が衰えない・・・・さすがは巨匠の作である。
名作が名作たるゆえんはいろいろあるだろう・・・・が、
今日は「ショッカー」に着目して・・・・
仮面ライダーの敵役「ショッカー」というと一番に連想するのは何だろうか?
ショッカーの首領?死神博士?クモ男を初めとする怪人達?・・・・
私の場合は・・・・黒装束のあいつら・・・
そう、あの「イー!、イー!」としか言わない・・・・下っ端達。
いたいけな子供や女性を誘拐したり、怪人の助太刀役しかできない・・・
仮面ライダーどころか変身前のライダーや勇気有る一般人でも互角に戦えてしまう・・
あの役立たずの集団。
あいつらいったいなんなんだ?
仮面ライダー自身、「抜群の運動神経と精神力」を持つ青年を
ショッカーが改造人間に仕立てたわけだ。
つまり、科学技術の力は偉大だが、もともとの人物のポテンシャルの方が
更に重要なわけだ。
(
サイボーグ009も同じだね!)
ショッカーもどこかから人間を誘拐してきて「改造人間」を作るのだろうが・・・
格闘技や悪知恵の優れた人物ならばクモ男などの怪人として・・・・
たいして能力のない人間を改造したのが・・・・例の「イー!イー!」に
なるのだろうか?
私なんかショッカーに誘拐され改造されたら?
いざ改造してみたが・・・・
「
肝臓はいかれてるし、運動神経は鈍いし、頭の回転も悪いし・・・・
コストばかりかかって使いものになりません
どういたしましょう、死神博士?!」
「バカモン!我がショッカーに役立たずはいらん!
地下で雑用でもさせておけ!
これからの誘拐する前には、
健康診断と知能検査の結果を見るのを忘れるな!」
こうして、あわれな私はショッカーのアジトの地下で・・・
掃除して「イー!」、
食器洗って「イー!」、犬の散歩して「イー!」
なんてね・・・・
彼らと同じように「その他大勢」の役回りは他にもたくさんある
悪の組織には「使い捨て」的なたくさんの人物が必要なのだ。
悪代官が「くせ者じゃ!出会え出会え!」
とさけぶとばらばら・・・と出てくる役人達・・・・
やくざものの手下達・・・や用心棒の浪人達・・・
怪獣
映画の自衛隊の戦闘機・・・・
ルパン3世に翻弄される警官達・・・
どれも無個性でその場で忘れ去られる存在だ・・・・
ところがショッカーの下っ端達は違う!
「使い捨て」「弱い」「役立たず」だが・・・・
「やつらこそショッカー」という存在感がある。
(その存在感が原作からのものなのか、
テレビでの演出の産物なのかは・・
今の私には
調べるすべはないが・・・・)
やつらにはこれといった名称が無く・・・
たしか「戦闘員」と呼ばれていたように記憶しているが?
戦闘員・・・・普通名詞である。
この普通名詞がまたまた印象的なのだ。
「無個性の個性」・・・とでも言っておこうか。
普通名詞で思い出すのが・・・
司馬遼太郎の「関ヶ原」で・・・・
関ヶ原の戦いで家康が、「
岡山」という場所に布陣。
ひとしきり「岡山」の地形に触れてから・・・・「普通名詞である。」と
おちがつく。
関ヶ原の戦い前夜家康は政治的に敵軍を味方に付けたり、無力化してしまっているので
戦いそのものには大きな意味がなくなっている・・・・ということを
印象づけようとする司馬遼太郎の技法である(?)
どうでも良いような場所に布陣した・・・ということなのだろう。
もうひとつ、司馬文学・・・・「項羽と劉邦」
やはり、日本と
中国では物語のスケールが違うから・・・・
司馬遼太郎らしいおもしろさが充分出ていない作品・・・と、私は思うが・・
冒頭は印象的である。
漢の高祖・・・・劉邦の出自についての記述である。
すなわち・・・劉邦の「邦」は固有名詞か?・・・という話から始まっている。
邦・・は「あんちゃん」という意味であり・・・彼の本名かどうか疑わしいと
いうわけである。
さらにこんな引用がされている。
司馬遷の「史記」には、
「劉邦の父は劉大公、母は劉媼、兄は劉伯、弟は劉季・・・・・」という記述があり、
直訳すれば・・・・「父はじいさん、母は婆さん、兄は長男、弟は末っ子・・・」
となり、普通名詞の羅列ではないか・・・・
劉邦が素性もわからない卑しい身分から天下人になった・・・・という
すごみが伝わってくる逸話である。
今日の日記は、
ショッカーの「戦闘員」と「劉邦」を結びつけ・・・・
石ノ森章太郎、司馬遼太郎という両巨匠の作品の深層に切り込もうとしたが・・・
ちょっと無理があったかな??
おそまつ!