2007年04月15日

ある銭湯の思いで

昔・・・・・伊勢崎市のボロアパートに住んでいた頃。
ある日、アパートの風呂釜が故障してしまった。
修理を頼んだがなにやら日数がかかるらしい。
やむをえず銭湯に行った。
駅の近くの銭湯「A湯」には駐車場もあり、清潔で感じがいい。
子供の頃の銭湯のマイナスイメージ・・・・
夜行くと湯がよごれていて、込んでいるときは周囲の大人に気を遣いながら
体を洗わなければならない・・・・
と比べると、やはり時代と共にサービスの向上がなされたことを感じる。
湯はきれいで、絶えず環流している。
浴槽もきれいだし、脱衣所も明るく様々な設備も整っている。
客はまばらでゆっくり入浴できる。
「こりゃ・・・アパートの風呂よりずっと快適だ!」
と、感じた。
下町の親父さんたちとコミュニケーションがあるといった
昔の風情はなくなっているのだろうが・・・・
それはそれで、気遣いのない自由な雰囲気である。
風呂上がりに清涼飲料水を飲むという、
子供の頃はちょっと贅沢だった行為も今は思いのまま。
わずか数百円で結構リッチな気分になれる私はなんという貧乏性。
こうして何日かこの銭湯に通った。

さて、ある日の夕方アパートの廊下で「あべちゃん」に会った。
初老の労務者風のあべちゃんは同じアパートの住人。
いつも飲んだくれていて数日前にもアパートの階段の下で酔って眠っていて
私が「このままじゃ死ぬよ!」と部屋に連れて(かついで)いったばかりだし。
お世辞にも健全な生活とはいえない(私も特に健全ではないけど・・・)
まあ、憎めない親爺だ・・・
そのあべちゃんが・・・
「Kさん、最近は銭湯行ってるんかい?」と話しかけてきた。
「そう、風呂釜壊れちゃって・・」と私。
「どこの銭湯行ってるん?」
「駅のそばのA湯だよ。」
すると意外な答えが・・・・
「あんな風呂屋行く気がしね〜よ〜。」
そこで・・・・
「どうして?結構良い風呂屋だよ。」
それに答えてあべちゃん
「おら〜Y町の風呂屋行ってるんだけど、
きれいだし、サービスはいいし最高さ〜。」
「へ〜じゃ今度行ってみるよ〜」

さて、Y町といえばアパートからはかなりの距離だ。
電話帳を見ると確かにY町に「B湯」というのがある。
わざわざ遠くまで行くのも無駄なような気もするし、A湯も気に入っているのだが、
あべちゃんがあまりにも「いい風呂屋だ。」と言うので
「一度、話の種に行ってみるか」という気分になったのだ。
さて、仕事を終えて夕方になる・・・・今日は「B湯」に行く・・・と思うと
なぜか楽しみになるから不思議だ・・・・
車でY町に向かう・・・電話帳に書いてあった住所を頼りに・・・
広瀬川の土手沿いの狭い道を入っていく・・・・
「????」なぜか風呂屋は見あたらない・・・・どうやら通り過ぎてしまったらしい。
引き返してみる・・・・
銭湯なら煙突があり目立つはずだが、すでに暗くてみつからない。
ちょっとした空き地に車を止めて歩いてみる。
なんとも寂しい裏通りである。
商店は全く無く、明かりのともっている家すらまばらだ・・・
近くをうろうろしてみたがどうも銭湯があるとは思えない。
しかたなく車のある空き地に引き返す・・・・
「???」・・・ふと気がつくと空き地の奥の方に薄明かりが見える。
暗くてはっきりしないが結構大きめな建物である。
何気なく明かりの方に近づいてみると・・・
なんと「B湯」と看板が出ているではないか!
しかし、あべちゃんの話の内容とは一見して様子が違う。
夜目にもはっきりボロ・・・なのだ。
しかし・・・・せっかく来たんだし・・・・
車から洗面具をとってきて中に入った・・・・
「!!!!」外観以上に中の光景はすごかった。
部屋全体がゆがんだ感じで、男女の脱衣所を仕切るついたても傾いている、
番台で支払いをするとき女性の脱衣所が丸見えで、
薄暗い奥で老婆が一人座り込んでいる。
きしみそうな床の上にしめった畳がしかれ・・・
そこが脱衣所・・・・・
これは・・・・少年の頃通った銭湯のレベルをはるかに下回っている!!!
大げさに言えば
(老婆のセミヌードをみたせいか・・・)芥川龍之介の「羅生門」の世界だ!
多少ことでは驚かない私は・・・・一応料金を払い・・・
脱衣所で着替えはじめた・・・・
財布などをロッカーに入れたいところだが・・・・それらしいものもない。
仕方なく衣類の下に隠すように財布をおいた・・・
(考えれば昔はみんなこうしていた・・・貴重品や大金を持って銭湯にいく
者などいなかったろう・・・)
中もひどい・・・タイルははげ落ち・・・というかもともと
タイルなどはっていなかったのではないかと思われるコンクリートむき出しの
部分も多い。
蛇口は懐かしい「真鍮」製!緑青が出ている。
たいていのことは我慢ができたが・・・・木の枠がガタガタの窓から
容赦なく入ってくる寒気だけは我慢できない。
ほとんど露天風呂状態だ・・・
湯もにごって壁の絵も発掘したばかりの古代の壁画のように何が描いてあるのか
はっきりしない。(ピカソのゲルニカや今昔物語絵巻などならよく似合いそうだ!)
中年の男性が二人後から入ってきた。近所の人らしい・・・・
なにやら愚痴話を始めた・・・話題はちょうどそのころにあった
銭湯料金の値上げだ。
・・・・・「」ネイティブ群馬弁()標準語訳
「また、値上げきゃ・・まいっちゃわいの〜。」(また値上げですか?困りましたね)
「値上げべ〜で、ちっともよくなね〜やの〜」
(値上げばかりで、少しも良くなりませんね)
「そうだいのう、ひで〜やの〜」(そうですね、ひどいですね)
「サッシつけるとかさ〜、なかきれーにするとかさ〜・・・」
(サッシをつけるとか、中をきれいにするとかですね・・・)
「そっさ〜、で〜ちなっから寒いやの〜」
(そうですよ、だいいち、相当寒いですよね。)
「ここんちも、は〜だめかね〜」
(ここも、もうだめですかね・・・・)

心の中でうなずくばかりの私であった。
さて・・・・不思議に怒りなどはなかったが・・・・
何か古き良き時代にタイムスリップしたような気分であった。
(こういう風に考えられるところが私の良いところだと思うのだが・・・)

さて、人の良い私もさすがにあべちゃんに尋ねてみた。
「あべちゃん!あべちゃんの行きつけの風呂屋ってB湯ってとこ?
こないだ行ったけどちょっとすごかったぜ・・・」
これに答えてあべちゃん
「B湯???知らね〜な〜・・・
オレが行ってるのはスカンジナビアっていうサウナだよ!」

「・・・・・・」
確かにY町の表通りに大きなネオンがあったっけ・・・

さて、10年以上たった今でも不思議である。
あの銭湯「羅生門」(笑)は実在したのか?
それとも、それこそ原作の今昔物語のように、
物の怪にでも化かされていたのか??・・・とも思える。
どうせ化かすのなら・・・老婆より、妙齢の女性を登場させてほしかったが・・(笑)
タグ:銭湯 羅生門
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2007年04月07日

いろいろ

吹くからに 秋の草木の しおるれば むべ山風を 嵐といふらむ
                      文屋 康秀
訳(適当)
 ふくたびに秋の草木がしおれていく 
        なるほど それで山風のことを嵐(荒らし)というんだね〜!
以上、記憶が曖昧なため、間違っているかもしれないが、
小倉百人一首にこんな歌があったね〜

昔(たぶん高校生の頃)この歌についての評論を学習した
内容は・・・
「山+風=嵐・・・のように言葉の遊びのような近頃の(古今調?)の
歌はくだらない。万葉の素朴な歌こそすばらしい・・・・」
・・・みたいな内容だったと思う。
私は、この評論が「徒然草」に出ていると記憶していたが、
どうやら、間違えだったようだ。
参考文献マンガ日本の古典「徒然草」にはこの文はない
きっと、「方丈記」あたりの文か、あるいはもっと古い
平安時代後期のものだろうか・・・
(近頃の歌=古今調ということからもこっちかなあ〜?)

私の無教養さの表れた話だな〜!

ついでに思い出した!
この歌に出てくる「むべ」=なるほど

ある山里を、都の公家が訪れたときのこと、
村人が山でとれた木の実を献上して
「これは何という名かわからないが、とてもおいしゅうございます。」
と言い添えた。
公家はこれを食べて
「むべなるかな!」(なるほどおいしい!)
と言った。
これを聴いた村人は
「あの実の名はむべというのか!」・・・
それから、その木は「むべ」と呼ばれるようになった。

私の植物図鑑には「むべ」なんて載ってないよ〜

再び話は変わって・・・

以前
私は(オペラなどを)やたらに脚色するのは嫌い・・・
みたいなことを書いた

今度はバレエの話

正直言ってバレエは苦手だ
嫌いな要素が多すぎる
「金持ち趣味」(貧乏人のひがみ)なのがやだし
(一応)ナチュラリストの私は
派手な「衣装」「化粧」が趣味に合わない
さらに、極めつけは
バレリーノ(男性ダンサー)である
白いタイツはいた王子様・・・
(特に外人バレリーノなど)
筋肉隆々(他の部分も隆々だったりして!)で
軽妙に踊ったかと思うと
信じられないような高さでジャンプしたり・・
軽々とバレリーナを持ち上げたり・・・と
なんだか「畏れ」を感じてしまう。
(隆々に対するコンプレックスがほとんどだったりして?)

じゃ、見なけりゃいいだろう・・・
が、なぜかチャイコフスキー音楽が好きな私は
「いやだいやだ」と思いながら
NHK芸術劇場など見てしまう。
(実は最近少し慣れてきた。)

チャイコフスキーの「白鳥の湖」の初演が不評で
その後上演されず忘れられかけた・・・・
という話は有名だ。
作曲者の死後
天才振り付け師マリウス・プティバが
振り付けし直して
人気作となり不動の地位を得たのだそうだ。

「白鳥の湖」のフィナーレの演出は
最近は変な脚色が横行している。
原作で
「王子の失敗がもとで悪魔の魔法が解けなくなった白鳥姫は
 王子とともに湖に身を投げ・・・悲劇の最後(または来世で結ばれる?)」
だったのを
「王子が勇気を奮って悪魔を倒し、魔法が解け、ハッピーエンド」
に変えて演出している・・・
・・・・バッカジャナカロカ!!!!
人間一人ががんばって剣で突き倒せるくらいの悪魔なら
最初から何の苦労もない
みんなでよってたかって
袋叩きにすれば・・・・

まあ、いいか
ハッピーエンドが無難だと
考える人も多いだろう
(ただ、チャイコフスキーらしからぬ、透明感のあるあのコーダには
  ハッピーエンドはより「死」が似合うような気がするけど)

さて、さて、いくら振り付けが現代風になっても
プリマドンナが白鳥のはばたきをまねる(パタパタ・・・)
は変えようがないだろう

もう一つ
第2幕で「三羽」の白鳥が手をつないで踊る あれ
作品46b
「パ・ドウ・カラクテル」
(ありゃいったいなんのまねじゃ?)

こればかりは、
現代の「天才振り付け師」が
どんな違う振り付けをするか見てみたいもんじゃ


posted by 上野守 at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

イロハニホヘト

よく記号でイ、ロ、ハ、・・・・を使うことがある。
さてイロハという言葉は誰でも知っているだろうが・・・
この文字列を最後まで覚えているか?・・・というと
特に若い世代には覚えていない人が多いのではないか?
私自身どこまで言えるかというと・・・・
すらすら言えるのが・・・・「イロハニホヘトチリヌルヲワカ」まで
つっかえつっかえ言える程度が「ヨタレソツネナラム」まで
確か、後半の方に「オクヤマ」という言葉があったような・・??
あとは記憶から消えてしまった。
小学校4年生の時のS先生は「僧侶」と兼職で、
子供の前でやや古くさい話(失礼!)をするのが好きであったが、
人柄の良さと、語りの巧妙さで子供たちを話に引きつけた。
あるとき先生は黒板に「いろは歌」を全文お書きになって、
子供たちにも朗読させた。
そして・・・
「この歌は弘法大師が作ったもので・・・・」
続けてそれぞれの単語の意味まで説明してくれた。
文語調のこの「いろは歌」、4年生にはちょっと無理かなとも思うが・・・・
このとき「いろは歌」の前半をどうにか覚えたような気がする。

懐かしいので、この歳になって後半はどんな歌なのか調べてみた。

「色は匂へど散りぬるを我が世誰ぞ常ならむ
有為の奥山今日越えて浅き夢見じ酔ひもせず」

47音すべてを使って、しかも1音も重複が無く、
しかも仏典の和訳になっている・・・・
そう簡単にできるものではない・・・・と感心。
さすが天才といわれた弘法大師・・・・と?
資料によると最近では平安時代中期の作という説が有力らしい。
な〜んだ弘法大師の作ではないのか・・・・
なんだか夢がなくなっちゃったな・・・・
でも、本当の作者にとっては自作が勝手に有名人の作になってしまったのでは
気の毒だしね。

イロハニホヘトチリヌルオワカヨタレソツネナラム
ウヰノオクヤマケフコエテアサキユメミシヨヒモセス

この記号が使われることも少なくなってきた。
忘れ去られる運命か?

しかし、音楽の階名には「イロハニホヘト」が生き残ってるし、
「ヘ長調」などと調性を表すのにも使われているから・・・
「ト」までは生き残るかな?



posted by 上野守 at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月03日

定番の話・・・・

 経済学部を出た人はたくさんいるのに、経済の先行きは誰も予想できない。

確かに、そのとおり・・・・公共事業も金利政策も政府の為替市場への介入も
経済学の教科書にあるような効果をほとんどもたらさない。
実は私も経済学部出身だが・・・・
大学で得た知識や身につけた技術が実生活で役に立った試しはない。
「経済学部出たけど、いつも貧乏してるよ!」などと言って
笑いをとるのがせいぜいだ。

さて、よく聴く定番の話・・・
「バナナの皮ですべってころぶ。」
確かにバナナの皮はぬるぬるしている、
急いで走っているときにもろにふんずけたら確かに転びそうだが・・・・
実際に転んだことはない・・・・
ただ、子供の頃からすりこまれているから、
漫画、コメディーなどで「バナナで転倒」のシーンがあっても違和感がない。
何か、バナナの皮で転倒して何か重大な事件に発展した事例でもあるのだろうか?
それとも「バナナ」そのものが珍しくて登場する価値があったのだろうか?

「眠れないときに、羊を数える」
さて、これも定番だが・・・・
実際にこれで眠れたことはない・・・・たいてい悪い影響が出る。
(ちなみに私は「不眠」の傾向がある。)
雨音や波の音など「単調」な刺激の繰り返しが眠りを誘うのは事実らしいが・・・
「羊」に関しては・・・・
欧米やオーストラリアの広大な牧草地の多くの羊を連想すれば
リラックスする効果があるらしいが・・・・
日本人にはこのイメージがわかないので効果がないのでは?・・・・という
説も聞いたことがある。
本当かな??

「血液型である程度性格がわかる。」
ずいぶん前に爆発的に流行った・・・「血液型性格判断」
たいていこうした流行はすぐに忘れ去られるのに、
いまだに結構話題になるから不思議だ。
誰でもが必ず「血液型」をもち、
しかもそれが大きく4種類に分けられる・・・というわかりやすさが
長生きの原因だろうが・・・・いくらか信憑性があるのだろうか??
いつだったか飲みに行ったとき、店の女性たちから・・・・
「酔っぱらって、さわるのはB型」・・・という話を聞いた。
いくらか因果関係があるのかな〜?
ちなみにオレはO型。

「酒は百薬の長」
適度の飲酒はリラクゼーション効果が高く、健康にも良い・・・・・
という意味だろうが、これも本当だろうか???
第一この言葉の「出典」は何だろうか??
まあ、そんなことを調べるより自分を例にして考えると・・・・
・量は大したことないが、たいてい毎日飲んでいる。
・飲むときに脂っこい物を好んで食べ、酒を飲んだときの方が
 食べる量も多くなる。
・つきあいで飲むときは調子に乗って多く飲む。
・眠れないときについつい酒を飲む。
・人間ドックで「肝機能障害の疑い有り」と指摘されているのにやめない。
そんなオレ・・・・(アル中か?)
「今日はなんだか体が軽くて気分もすっきり!」と感じるのは、
前の晩たまたま酒を飲まなかった日・・・・
少なくとも「百薬の長」という感覚ではない。
・・・・それでも、飲まなかったらもっと悪い影響が出るのだろうか?
今のままの生活を続けている限りそれを確かめることさえままならない。


posted by 上野守 at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月02日

好きになった・・・・

さて、説明を聞いてある程度知識をもってから好きになったクラシック曲というのが
いくつかある。
基本的には通俗的な作品を好み・・・・美しいメロディ、わかりやすい構成、
色彩的なオーケストレーション・・・がその曲を気に入る条件・・・だが・・・
始めて聴いたときには何とも思わなかったのに・・・
説明を読んだり、背景についての知識を得て興味がわき
好きになった曲も・・・・中にはある。

チャイコフスキーの交響曲第4番は人気のある交響曲のひとつだが、
華々しく明快な第4楽章
壮大で・・・「これでもか」・・と、クライマックスを作って迫る第1楽章
憂鬱げで且つ美しいメロディの第2楽章・・・は、
1度聴いて好きになったが・・・・弦楽器のピチカートがお気楽感じ・・・の
第3楽章は・・・・どうも好きになれなかった。
そう・・・なんだか「とりとめがない」感じで・・・・個性がはっきりしないし・・・

が!

ある時ミニスコアの説明文を読んで・・・・急にこの曲が興味深いものと気づくようになった。
説明は・・・おおよそ・・・
「酒を飲んで・・・酩酊したときの・・とりとめのない心情を表したもの・・・
弦のピチカートは・・・晴れ晴れとはしないが悲しくもない感情・・・
続く木管楽器のフレーズは民謡調の踊りの曲の記憶・・・・
続く金管楽器のフレーズが軍楽隊の通り過ぎた・・・曲の断片・・・」
といったようなものだったように思う。
「いいね〜これ」酔っぱらいの私にはぴったりだね!
冬の昼下がり昼寝をしながらいろいろと・・・・無意味な思考をしたり
うとうとして・・・浅い夢を見たり・・・
「夢かうつつか?」みたいに・・・時間だけが過ぎていくって・・・こと
あるよね!・・・・・・少なくとも私はそういった時間がけっこうある。
「とりとめがない」・・・・が、この曲の「個性」だったわけだ!

中学校の時、初めて本格的に音楽に興味が出て、
小学校の時には全くと言っていいほど吹けなかった「リコーダー」なども
吹くのが楽しみになってきた。
暇なときなど、音楽の教科書に載っている曲を手当たり次第に
リコーダーや吹奏楽部で担当していたサックスで吹いてみた。
歌劇「カルメン」よりカスタネットの踊り・・・という曲がリコーダーの譜面として
載っていて・・・・これを吹いてみた。
「????」
一回吹いてみた感想は・・・・「味気ない曲」・・・である。
「カルメン」が有名なオペラで、その中の器楽曲や声楽曲が軒並み人気曲と
なっている「らしい」という事ぐらい知っていたから・・・・
なぜ「この程度のメロディ」が取り上げられるのか?・・・疑問に思った。
「リコーダーで中学生が吹くのに簡単で良いから・・・」程度にしか
この曲の意義を考えなっかった。

それから・・・何年がすぎたろうか?
「闘牛士の歌」「ハバネラ」「アラゴネーズ」「アルカラの竜騎兵」
「セギリディア」「花の歌」「手紙の2重唱」「ジプシーの踊り」
「衛兵の交代」・・・と、次々に名曲を覚えていったが・・・・
例の「カスタネットの踊り」は・・・記憶から消えそう・・・・いや!
不思議にその「味気ない」メロディがなぜか消えない。
ただ・・・・・ただ、上記の「名曲」たちの中に・・・
それを加える気にはならない・・・という不思議な存在となっていった。

それから・・・また・・・何年かが過ぎ・・・・
「カルメン」を生で鑑賞することになった。
別に外国の有名な劇団のを鑑賞したわけではない・・・・・
日本版を地元の市民文化会館で・・・・
それにしても・・・・器楽曲一辺倒で、声楽曲にはほとんど興味のなかった私が・・・
オペラにそれだけの予算と時間を割くのは全く珍しいことであったことに違いはない。
理由は・・・簡単で・・・そのときのデートの相手が声楽好き・・・とりわけ
「カルメン」のファンであった・・・と
そういうことなのだが・・・・

さて、1幕、2幕・・・と場面はすすみ
主人公のカルメンが相手役のホセを人気(ひとけ)のない酒場のフロアに迎え入れ・・・
「ラララララララ・・・・・」と何気なく歌い出したのは
例の「カスタネットの踊り」!
ひとしきり歌い踊ったところで遠くからラッパの2重奏が聞こえ始める・・・
これは・・・ホセに「帰営」を命ずるラッパであり・・・・
彼はカルメンに歌と踊りをやめさせようとするが・・・
(百戦錬磨?の)カルメンはラッパの音に合わせて歌い踊り
ホセの恋心を試そうかとでもするよう・・・・
やがてラッパは鳴り終わり・・・ホセに「恋愛か仕事か?」を選択する
タイムリミットを告げる。
なんと・・・こんな切ない場面
ある意味で一番機微の細やかな場面ではないか?!
カルメンの歌がある意味で味気なかったのは素朴な信号ラッパをバックに
歌うという・・・必然性があったわけだ!
ラッパの音は演奏では最初ピアニシモ・・・・やがて少しずつクレシェンド
カルメンの歌に合わせて抑揚を付けるように・・・・
実際の信号ラッパは単調に機械的に鳴らされているはずなのだが、
信号ラッパとカルメンの歌を同時に聞いて心を乱しているホセには
ラッパが心に迫るようにクレシェンドしたり、最後は消え入るように
虚しく響いたりしたに違いない・・・・
なんという細やかな描写!!!!!
それ以来・・・・「カルメン」の中でも最も好きな場面がここ!

よく考えてみると・・・
相反する心情が同時進行する場面、
音楽に遠近感を与えた場面、が「カルメン」には非常に多いことがわかる。
その技巧のすばらしいこと!

前述したチャイコフスキーの4番3楽章も
影響を受けたのかも知れない。
チャイコフスキーの代表作「ヴァイオリン協奏曲」の6つの主題が
すべて歌劇「カルメン」の曲に基づいている・・・と
つい最近あるHPで知ったしね・・・・

さっきのデートの相手に「好きなクラシック曲は?」と尋ねられたとき
「チャイコのヴァイオリン協奏曲」と答えたような気がするが・・・
まあ・・・偶然かな?

posted by 上野守 at 17:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月01日

読める??

CDを買った。クラシックのやや特殊なものだ。
ジャケットフランスの作曲者の名前が並んでいる。
DEBUSSY
GLAZNOV
IBERT
MILHAUD

最初のは「ドビュッシー」これは有名だから読める。
決してデブッシーではない。彼はやせていたはずだ。
フランス語というのは面白い読み方をするものだ。
そういえば昔は「ルノー」も読めなかったっけ!

2つめは、「グラズノフ」
ロシア(ソ連)からフランスに移った作曲家だ。
これはもともとロシア語だろう。
どうにかローマ字読みで対処できる。

次は・・・・???
まずは「フランス語は語尾の子音を発音しない」という決まりに則って・・・
語尾の「T」を指で隠してみる・・・・
「あ!イベール」
読めたぞ!

最後のは?
これはお手上げだ・・・・
語尾の「D」を隠して・・・・「ミルハウ」????そんな作曲家いたっけ??
そうだ・・・・「L」は「やゆよ」の発音だ。
ソレイユ・・・・など語尾が「L」だった!
答えは「ミヨー」である。



posted by 上野守 at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする